聖書を調べて神様のみこころを学ぶ

〜みこころのままに生きるために〜

主の祈りはもう不要ですか?

ユーチューブの牧師の説教を聞いていました。

なかなか、わかりやすかったのですが、

『「イエス様はこのように」といわれた

お手本として出されただけだけだから

まったく同じに祈る必要はない

そして、

もう私達は許されているのだから

許してくださいというのはおかしいですね』

本当にそうでしょうか。

 

エス様が教えてくださった祈り

 マタイ9〜13

 「天にいます私たちの父よ

 御名が聖なるものとされますように。

 御国が来ますように。

 みこころが天で行われるように、

 地でも行われるように、

 私たちの日々ごとの糧を、今日もお与えください。

 私たちに負い目のある人たちを赦します。

 私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦します。

 私たちを試みにあわせないで、

 悪からお救いください。」

 

エス様が教えてくださった祈りが

あとから否定されることがあるのでしょうか。

この祈りに勝る祈りは何でしょうか。

 

曽野綾子さんが聖書に関する著書の中でこの祈りのことを

詳しく解説していたのを思い出しました。

この短い祈りに様々な事柄が

凝縮されていて素晴らしいと。

 

また、主の祈りの前の聖句にこうあります。

 マタイ6:7〜8

また、祈るとき、異邦人のように、同じ言葉をただ繰り返してはいけません。

彼らは、ことば数が多いことで聞かれると思っているのです。

 ですから、彼らと同じようにしてはいけません。あなたがたの父は、あなた方が求める前から、あなた方に必要なものを知っておられるのです。

 

主の祈りはもう不要ですか?